長野地方裁判所 昭和45年(タ)5号 判決
〔主文〕昭和四四年一一月一日長野市長に対する届出によつてなされた原・被告間の協議上の離婚はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
〔事実〕一 原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として
「(一) 原・被告は昭和三四年三月二六日婚姻の届出をして以来同居してきたところ、同四四年一〇月末頃被告は原告に対し、現在自分は仕事のことで大きな借財を負つて債権者に迫われているが、債権者が自宅に押しかけて原告を責めるおそれがあるから、当分の間離婚したことにして別居しよう、一年位すれば立直れるから一年か一年半後には必ず籍を元に戻すにつき、自分を信じて協議離婚届書に判を押してくれ、などと懇願するので、被告を信頼しきつていた原告は被告のいうところが真実であると信じて離婚することに同意し、協議離婚届書に押印して同年一一月一日被告がこれを長野市長に届出た。
(二) ところが、その後被告は約束の生活費を送金しないばかりか、その所在も知れなくなつたので、原告において調査したところ、次のような事実が判明した。即ち、被告は昭和四一年一〇月頃から長野市内の○○店に勤めていたが、同店々員の塚本君子と親しくなり、同店退職後も同女との交際を続け、ついには原告と離婚して同女と結婚しようと決意するにいたり、同四四年四月一九日同女をしてその夫塚本洋と協議離婚せしめたうえ、前記のとおり原告と離婚し、ついで同年一二月二日同女(旧姓山村)と婚姻をしてその目的を遂げ、現在にいたつているのである。
(三) 以上の経緯にてらすと、前記(一)の被告の言辞は全くの虚偽で同女と婚姻しようとの目的に出でた欺罔行為であることは明白であつて、これを信じて協議離婚に応じた原告の意思表示は被告の詐欺によつてなされたものであるから取消されなければならない。」
と述べ、立証として甲第一ないし第四号証を提出し、証人塚本洋・邦春男・同石田文治・同石田勇の各証言および原告本人尋問の結果を援用した。
二 被告訴訟代理人は
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする」
との判決を求め、請求原因に対し
「(一)請求原因(一)の事実中、原・被告が原告主張の日婚姻し、かつ長野市長に対する届出によつて協議離婚したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実中、被告が原告主張の日山村君子と婚姻して現在にいたつていることは認めるが、同女がその前夫と協議離婚したことは知らない。その余の事実は否認する。
(三) 同(三)の主張は争う。
原告は婚姻後数年にして被告の収入が不足ないし不安定であることなどから被告に対する不満をつのらせ、ことごとに被告を悔辱し嘲笑を加えるようになつて被告に心の安まるいとまもなく、他面子どもの養育についても意見の対立があつて離婚話が出ていたのであるが、事態が一向に好転しないので、やむなく被告が原告主張のような言辞を弄したことが全然ないとはいえないまでも、結局原・被告とも協議離婚することに合意するにいたつたのであるから、いまさら取消される理由はない。」
と答え、立証として被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。
〔理由〕一 いずれも公文書であるから真正に成立したものと推定される甲第一ないし第三号によれば、被告は大正一五年三月一日生れで、昭和二四年八月二日杉崎さよこと婚姻し、同二五年四月一日長女みち子をもうけたが、同二六年三月二七日協議離婚し、同三四年三月二六日原告(昭和九年一月二五日生れ)と婚姻し、その間同月七日長女楓を、同三六年二月二一日二女まきをそれぞれもうけたが、同四四年一一月一日長野市長に対する届出によつて原告と協議離婚し、同年一二月二日、これに先だつ同年四月一九日夫塚本洋と協議離婚した山村君子(昭和一一年四月一〇日生れ)と婚姻したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
二 原告は、原・被告の右協議離婚は被告の詐欺によるものであるから取消されるべきであると主張するので按ずるのに、弁論の全趣旨により原本の存在とその真正な成立が認められる甲第四号証と証人塚本洋・同邦春男・同石田文治・同石田勇の各証言ならびに原告および被告(但しその一部)各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実が認められる。
(1) 被告は昭和三三年九月頃原告と事実上結婚して同棲し、長野県○○郡○○町の○○温泉等の旅館等に転々勤務した後、同四一年秋頃から長野市内の富永○○店に勤務するうち、同店店員の前記君子と懇ろになつて情交を結ぶにいたつたが、その頃から既に被告は原告と離婚して右君子と結婚すべく決意してその機をうかがい、同女に対しては、原告とは目下別居中でいずれ離婚するつもりであると申し向けていた。
(2) そして被告は同四二年九月頃、名古屋市内に事務所を設け他から資金を集めて事業を始めると称して単身同市内に移り住んだ後、翌四三年春頃、当時既に夫塚本洋と別居していた前記君子と被告肩書住所地に同棲し、これを知つた右塚本は前認定のとおり翌四四年四月一九日同女と協議離婚するにいたつた。
(3) そこで被告は所期の目的を達成すべく、同年一〇月三一日原告肩書住所地に立ちあらわれ、原告の実兄石田文治・同勇を重大な用件があるからと称して同所に呼びよせたうえ、右両名立会いのもとに原告に対し、真実は原告と離婚して、同棲中の前記君子と婚姻するつもりであり、したがつて二度と再び原告との婚姻生活に復する意思はないのにこれを秘し、あたかも、いずれは原告と再び婚姻するつもりであるかのように装つて、原告がその請求原因(一)において主張するような虚構の事実を申向けたところ、被告の企みを知らず被告が右君子と同棲していることも知らなかつた原告は被告の云うところを信じ込み、暫時辛抱するもやむなしと決意し、協議離婚届書を提出することに同意してこれに署名押印し、前認定のとおり翌一一月一日長野市長にこれを届出て被告と協議離婚するにいたつた。
以上の認定に反する被告本人尋問の結果部分はとうてい信用するに値いせず、他に右認定に反する証拠はない。
三 してみれば、原告は被告の詐欺によつて被告と協議上の離婚をしたものであることが明らかであるから、民法七六四条・七四七条により取消を免れないものというべく、その取消を求める原告の本訴請求は理由がある。
よつてこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (金野俊雄)